多くの人が経験している事かもしれませんが、いつもなら当たり前のようにしていることが、とてもおっくう面倒に感じることがあります。
歯磨きや、着替えなどのことです。
もしかすると背景には疲れがあったのかもしれません。
疲れて着替えるのが面倒
学生のころであれば、体操着やジャージで過ごしても何にも言われることはありませんでした。
いや、そうでもないこともありますが、概ね隠れ蓑にできたのです。
ですが社会人となると、あまり言い訳が聞かなくなることがあります。
都会ならば紛れ込んでしまえば目立たない
都会に住んでいる人は、人が逆にたくさんいるため誰がジャージや軽装でも気にも留められないものです。
毎日同じ服であっても記憶している人はいません。
ですから、皆そういう点にメリットを感じて都会に住んでいるのではないかとさえ思えてきます。
そんなはずはないと言いたくなると思いますが、よくよく考えるとそういうことも多分に含まれているのだと思えてきます。
誰が隣人なのかもわからないのですから、しゃきっとした服装でなければという意識は薄れるものです。
身なりを整えることに現代人はパワーを使っている
現代特有のことではないわけですが、それでも毎日風呂に入った時代があったのでしょうか。
石鹸やシャンプーリンスにコンディショナーまで使うのですから、そしてドライヤーに保湿液・・・ただお風呂に入るわけではありません。
これらの工程を完遂するなら2時間くらいはかかるでしょう。
またあれをやらなきゃいけないのか・・・と考えると布団から出たくなくなる

日曜日に目が覚めた時、昨夜は疲れて眠ってしまったことに気づかされます。
すると、本日外出するためにはまず風呂に入り、そして様々整えてからでなければ出られない・・・という思いに駆られるのです。
これは大きなプレッシャーであり、だったらもう寝て居ようという気持ちになるのもわかります。
化粧などのことを考えると、朝にはばっちりしたかと思えば、夜にはしっかり時間をかけて落とさなければならないのです。毎日、毎日です。あたかも完成しては破壊する曼荼羅のようです。
ごまかす
コロナの際は、感染対策の名目でマスクを着けごまかしに使っていた人も本当はたくさんいたのでしょう。
多少のひげなどマスクで隠せますし、化粧代も減らせたかもしれません。(代わりにマスク代が増えた)
帽子やサングラスも有用です。
マントみたいな服があればいいのですが、日本人では流行りませんので、何か羽織るものでしょうか。それらがあれば、中身は隠せるのです。
こんなことばかり考えている自分に罪悪感を覚える方もあるかもしれません。
まとめ
確かに、身なりを整えることは重要なことであると長年教わってきたように思います。
それはそれとしても、どうにも疲れて十分にその教えを実行することがかなわない日もあるものです。
そんな時は、充電期間と割り切ることも許されるでしょう。
理想的には、疲れ切ってしまう前にメンテナンスをという方が良いのでしょうか。
当オフィスでも、疲労感に焦点化した企画をしました。日々の疲れのケアに役立てていただけたらと思っています。
この企画は柏のカウンセリング専門機関、心理臨床オフィスまつだによるものです。